2008/12/28

武笠先生と会いました

シュトゥットガルトの美術館に調査に来ていた武笠先生がパリにたちよることになり、久しぶりに会いました。あって開口一番、痩せた?それにむさ苦しい(床屋に行かないで長髪気味だから)
こちらに来ている家族と一緒にクリスマスの晩餐をすることができました。

2008/12/18

サロネン指揮パリ管マーラー「嘆きの歌」


ロンドン日帰りの翌日、自宅の掃除などをしてゆっくりすごす。夜から、サル・プエイエルでパリ管の定期演奏会へ、Richard Dubugnonという作曲家の新作「ヴァイオリン協奏曲」と、若きマーラーの「嘆きの歌(1880年版)を聞く。指揮は、エサ=ペッカ・サロネン、ヴァイオリンはJanine Jansen、マーラーのソリストはMelaine Diener,Lilli Paasikivi,Jon Villars,Sergey Leiferkusというもの。ヴァイオリン協奏曲はファンクやハウスミュージックを意識したというが、それを意識できなかった。とはいえ、壮大な管弦楽でした。
後半も壮大な管弦楽、なんたって若きマーラー、オケや合唱、歌手の出演費のコストなど考えずに(ハープ6台だし、袖の裏で別編成のオケが必要)作曲したもの、その後の輝かしい交響曲との、類似性といえば、そのまとまりのなさというか・・笑・・気散じ的というか、それでも強引に壮大な管弦楽で曲はおしまいになる。うーーん 壮大な無駄というか、なかなか聞く機会がないので、楽しみました。でも、感動はしません。

ロンドンへ日帰りしました





 知人がロンドンの往復チケットを無駄にするというので、安く譲ってもらって、ロンドンに行ってきました。朝5時30分起床45分には家を出て、北駅6時43分発の始発で、8時過ぎにロンドンに到着(時差があります)、10時の美術館が開くのに時間があるので、イギリスの朝食をカフェでゆっくり食べ、しかもオフピーク(9時30分以降=1日券が安くなるので)になってから移動、10時にテート・モダンに入り、目当てのマーク・ロスコ展、そしてブラジルのコンセプチャル・アーティストCildo Meirelesの展示を見た後、常設を流しで見る。更には、ガスタービン室跡の巨大な吹き抜けでは、Dominique Gonzalez-FoersterによるTH.2058という巨大なインスタレーションを見る。結局見学に3時間かかり、テートブリテンへ移動する。
 途中サンドウィッチを買って、カフェでそれを食べたのち、今度はターナー賞の展示と、フランシス・ベーコンの大回顧展を見る。常設展示は見ないで、88番のバスにすぐにのり、ナショナル・ギャラリーへ、肖像画の特別展示(ファン・アイクが素晴らしかった)をみて、気になる常設を見ていたら、さすがに目がパンクしそうになりました。
 疲れたし、イギリスのビールも飲みたいので、セントパンクラス駅近くのローカルパブで、フィッシュ&チップスとエールビールを1パイント二杯飲んで、最終のユーロスターに飛び乗って帰りました。

ピエール・ローラン・エマールのメシアン


シャンゼリゼ劇場で、ピアニストのエマールらによる、メシアンのコンサートへ行く。生誕100年の記念年も終わり近いので、これが今年のメシアンの聴き納めとなる。エマールは、同じユダヤ人の強制収容所の記憶を意識して、ハンガリーのノーベル賞作家イムレ・ケルテースの自伝的小説「運命ではなく」の朗読と、リゲティやシェーンベルク、そしてジョン・ケージの4分33秒という沈黙を演奏する。そして、メシアンはドイツ軍の捕虜となって、ゲルリッツの収容所で作曲された「世の終わりのための四重奏曲」
確かに、意欲的なコンサートなのだが、先日の名曲コンサートとちがって、客足は悪い。演奏はというと、途中で最後まで聞けなかったチョン・ミョン・フンのそれと比較したくなる。というのも、チョンのピアノは、極めて透明で、しかも造形的な演奏だったのに、エマールのそれは、情念的すぎる。それは、コンサートへの思い入れによるものなのかもしれない。

2008/12/15

ロンドンフィルの名曲コンサート@シャンゼリゼ劇場




日本のオーケストラは、珍しい曲を演奏することの多い定期演奏会と名曲コンサートとに分けて公演されることが多いです。名曲コンサートは、啓蒙的要素が多く、定期演奏会は熟練した観客=定期会員の興味を満たすものとなるわけです。また、日本の場合定期演奏会には、オーケストラの創設以来の通し番号がついています。N響定期1637回といった具合なのですが、そういえばフランスのオケの定期演奏会にはそういった番号はありません。
12月12日にシャンゼリゼ劇場で聞いた、ロンドン・フィルの演奏会は、プログラムがブラームスのピアノ協奏曲第二番、休憩のあとチャイコフスキーの交響曲第六番悲愴という、まさに名曲コンサートと言っていいものでした。クリスマスも近くなったこともあるのでしょうか、その名曲故に子供連れの人も多かったです。(日本では、未就学児童の入場を断ることが多いのですが、こちらでは普通に未就学児童が入場しています。)
今回の演奏会、ピアノ独奏はニコラ・アンゲリッシュ、指揮はウラディミール・ユロフスキという若手コンビのものでした。久しぶりに聞く、ロンドンフィルは決して上手いものでなく、特にブラームスはがっかりさせましたが、ロシア人指揮者のお国ものの悲愴は、それなりの演奏でした。とはいえ、私に感動を与えてくれるものではありませんでした。また、名曲コンサート故の、演奏会に慣れていない観客が多いからなのか、ラテン系の乗り故なのか、楽章と楽章の間に拍手が入り、慣れた観客からのシーという声が飛び交うことになります。また、指揮者が腕をおろす前のフライング拍手も入り、興ざめでもあります。それでも、観客はこのコンサートをとことん楽しもうとしています。そこにこの国の特性を見たようなきがします。

2008/12/12

ヘルツォーク映画祭が開幕しました@ポンピドゥーセンター


ドイツの映画監督ヴェルナー・ヘルツォークの回顧上映が、ポンピドゥーセンターで10日から始まり、これから3月まで、ヘルツォーク漬けになりそうです。今日上映されたのは、白いダイヤモンド The White Diamond.最後のクレジットのところにNHKと書かれていたので、もしかしてと検索すると、2005年1月24日にNHKのBSHiで放送されている。なんだ、そんな番組あったんだ、日本の公共放送も知らないところで、有益な投資をしているんだと感心する。さて、このハイビジョン撮影された映像はというと、GRAHAM DORRINGTON という飛行機エンジニアが、南米の熱帯雨林の調査を行うというものなのだが、その仕事よりも、ドリントンが友人を事故でなくしたことや、脇役的なMark Anthony という現地協力者の話にシフトしていく。 上映後、ヘルツォークとアメリカの学者とのトークショーがあった。



BNで日本の浮世絵展を見ました。


日仏交流150周年事業の一環なのであろう、国立図書館で浮世絵展が開催されており、それを見ました。浮世絵をじっくり見る機会は、いくらでもあるのに、しばらく見ていませんでしたので、やけに新鮮に見えてきます。また、これらの作品がどのようにフランスにもたらされたのかは興味深いです。みると、林忠正やサムエル・ビングから購入したものが多かったのですが、そのうちアレクシス・ルアールのコレクションが気になります。ルアールのコレクションといえば、2004年に東京都美術館で「パリ・マルモッタン美術館展モネとモリゾ日本初公開ルアールコレクション」という展覧会が開かれています。この時の展覧会のコレクションは、ベルト・モリゾの孫であるドニ・ルアールとアニー・ルアール夫妻のコレクションということになるようですが、モリゾとマネの弟ウジェーヌと間に生まれた娘ジュリーがアンリ・ルアールの息子エルネストと結婚して、ドニ・ルアールを授かるのです。
アンリ・ルアールは画家である一方で、印象派の画家たちを支援したことで知られています。彼は、リュシー、アレクシス、ウジェーヌ、ルイの5人の子供を授かり、今回の浮世絵展では、そのアレクシスから寄贈された作品が展示されていました。2004年には、パリ市が運営するロマン主義美術館で、ルアール一家の展覧会が開かれています。 展覧会の概要をみていると、ルアール一家のまわりに、画家だけでなく、ヴァレリーやジッド、マラルメといった文学者、さらにはドビュッシーやショーソンといった音楽家たちも集っています。
さて、ルアールへの興味は尽きないのですが、浮世絵自体の話に戻ると、私の一番の再発見は、広重の東海道五十三次の「蒲原」のすばらしさです。ルアールのコレクションの状態が良いのかどうかはわかりませんが、版木の鑿跡を微かに感じるとともに、雪の表現や、黒と白の色彩感覚等、本当に素晴らしいと思いました。
ところで、この絵は、昭和30年代に生まれた世代=つまりは子供時代に切手を収集していた世代には、なおさら思い入れが深いものかもしれません。今では切手ブームって何?と感じるかもしれませんが、私が少年のころには、クラスの大多数が切手を集め、自慢し合ったり、交換などもしました。そのなかで、高価だったのが「月に雁」「見返り美人」でしたが、これらは「切手趣味週間」のシリーズの切手でした。当然、それらを買うことなど出来なくて、切手ショップでただ眺めているだけでした。その次に、高価で取引されていたシリーズに「国際文通週間」があり、その1960年(つまりは私の生まれた年)の切手が「蒲原」だったのです。蒲原は高値で取引されいて、その切手を取得したときは本当にうれしかったことが思い出されます。東海道五十三次の浮世絵は、浮世絵そのものをみるよりも、国際文通週間の切手や、永谷園のお茶漬けの付録などの方が身近だったのでした。

2008/12/11

エッシェンバッハ指揮パリ管によるトゥランガリラ@サル・プレイエル



同じ会場で、チョン指揮ラジオフランス管によるメシアンのトゥランガリラ交響曲を聴いたことを以前書いたのだが、今回はエッシェンバッハ指揮パリ管の同曲の演奏を聴いた。メシアンイヤーとはいえ、このような大曲を一年に二回も聴くことは、まずないだろう。さて、演奏であるが、チョンのエネルギーが満ちあふれるようなものと比べ、エッシェンバッハの演奏は、なよなよとしたものだった。こう聞き比べるとチョンの演奏がよりモダンなものと感じることになる。そして、エッシェンバッハの演奏は人間くさく、艶もある。前回はオケの後ろの席だったため、オンド・マルトノの音があまり聞こえなかったが、今回は、僕には異常なほど、聞こえ それがなよなよとしたものに感じた原因なのだろう。ところで、パリ管のパンフレットを見ると、オンドマルトノは1928年に発明されたので、今年80歳だという。(先に二重の誕生年なんて書いてあるので、両者百歳になったと早合点して、誤ってしまった。)
レヴィ・ストロースはまだ生きていることが驚異なのか?

ラカトン&ヴァサール展 プロジェクション・ルール IBAエムシャーパーク展

気散じ的な展示

ノーマン・フォスターのツリー      ラ・デュレのツリー
入口にヴィオレ・ル・デュクの像があることをやっと気づく。
久しぶりに建築文化財都市へ、フランスの中堅どころの建築ユニット ラカトン&ヴァサール展をみる。この展覧会、特別展示室に物質的な図面や模型など一切なく、多数のプロジェクター映像によって、仕事を紹介するというもの。これならば、展覧会会場に来る意味があるのか?DVDで販売すれば済むのではないかと思う。そもそも、PC上のCADで設計されているので、紙のような媒体を考えること自体がナンセンスなのかもしれない。このユニットは、モダニズムの団地再生、パレドトーキョーの改修、ドクメンタ12の仮説展示などで知られるのだが、プロジェクションのみだと、なにかイメージがわかない。また、それらをじっと見続けるのには、忍耐力が必要であり、退屈な展覧会でもあった。
この会場の奥、目当ての展覧会 IBAエムシャーパークの展示?を見た。というか、この展示になると、展示そのものを放棄して、天井から液晶プロジェクターによって、床に産業遺産の活用で知られたプロジェクトを紹介するのであるが、そのプロジェクター自体が、絶えず動き、一種の映像インスタレーションとなっている。すると、じっくり見ることは不可能で、なんのためのプロジェクションなのかわからなくなる。期待していた分 退屈というかがっかりな展示だった。
展示会場では、様々な企業が提案するクリスマス・ツリーの展示があった。これは、大して面白くないのであるが、ラ・デュレとかグッチ等々の企業の展示のなかに、建築家ノーマン・フォスターのツリーもあった。

2008/12/10

身体の形象展@ボザール




師走になり、今年の展覧会のベスト5といった記事が新聞に載りそうな時期になりました。この時期になって、私にとって間違いなくベスト5に入る展覧会をエコール・デ・ボザールの展示会場で見ました。それは、身体の形象展、ボザールにおける解剖学講義« Figures du corps - une leçon d’anatomie aux Beaux-arts »という展覧会で、イタリアルネサンスの伝統を引き継いだ、アカデミーが絵画制作の実践において、どのように解剖学を受容していったかを探るものです。ボザールでは、礼拝堂で開かれた「アカデミア」という展覧会も意欲的でしたが、この展覧会はボザールの伝統を利用して、普段見ることの出来ない資料をこれでもかといったぐらいに展示されていて、圧倒的でした。無論、それらは今まで美術史のメインストリームからははずれていたものであり、それらを現代的な視点から再考をこころみているのです。私が特に興味を持ったのは、ボザールの解剖学教授となったポール・リッシェPaul Richerの仕事です。彼は、シャルコーによるサルペトリエール病院におけるヒステリーの臨床に立ち会い、助手としてその写真を撮影していて、それらは美術史家ディディ・ユベルマンの「ヒステリーの発見」の源泉ともなるのです。また、彼はデカルトの頭蓋骨の正当性を、フランス・ハルスのデカルト図などから検証したのでした。


展覧会を見終わって、美術解剖学は骨と肉の二元論

オペラ座のクリスマスツリー そして ヨナス・カウフマンのフロレスタン





4日にベートーヴェンのフィデリオを観たのですが、フロレスタンを歌う歌手が期待していた、ヨナス・カウフマンとは異なっていました。最初の予告では、カウフマンが全て歌うことになっていて、そのつもりで購入したのですが、9回の公演のうち2回は別の歌手が歌うのでした。その歌手は、若い女性にとても人気のあるカウフマンと正反対のむさ苦しい感じで、歌唱もカウフマンにかないません。そこで、リベンジとばかり、当日券で入場しました。当日券は、たった7ユーロ あまり良く見えませんが、全く見えないわけでもなく、しっかりとカウフマンの歌唱を堪能できました。隣のボックスには、皆さんと同じくらいの日本人女性が二人やってきました。ダフ屋から10ユーロの席を35ユーロで購入して入場したとのこと、それで観れたのだから良しでしょうが、少しお金がもったいないです。早めに並べば、比較的簡単に、より安い席も入手可能だからです。また、オペラマニアの仁義みたいなものがあり、ダフ屋からは買わないというのが原則です。
さて、ガルニエ宮ではロビーにクリスマスツリーが飾られていて、とても華やかでした。

ニコライ・アビルゴー展@ルーブル



POTUの空想の国
ルーブルの日本式2階、方形宮の小部屋でデンマークのロマン主義の宮廷画家ニコライ・アビルゴーの展覧会が開かれています。当然ながら、この作家については、全く知りませんでしたが、ハンマースホイ展を企画した西洋美術館の佐藤直樹学芸員から、情報を得ることが出来て、とても面白く展覧会を観ることができました。
特に面白かったのは、彼がフランス革命の影響を強くうけ、密かにユートピアを志向しつつ描いていることです。それはPOTU(アナグラムになっています 逆からよむとUTOP)に関する絵は、意味深です。また、哲学や神学のアレゴリーも興味深いです。
造形的には、スイスのフュースリの影響も受けており、神秘的であると共に、目をしっかりかかない、あるいは視覚を失われたものの主題が多いような感じです。おそらく、ハンマースホイ同様、日本で展覧会が開かれたら面白いのにと思っています。
この画家の発音 色々悩みました。最初にアビルドゴールドと書いて、次にアビルドガード、結局西洋美術館の佐藤さんの指摘でアビルゴーに落ち着くことにします。






フランスのブロンズ展@ルーヴル美術館





パルナッソスの山 音楽家のリュリやラシーヌ、モリエールらの名もある
この図を見ていると、フランソワ・クープランの「リュリ讃」を思い出す。


ルーヴル美術館は巨大な美術館ですが、、現在開催中なのはマンテーニャ展のような別料金を払って入場する大規模な展覧会の他に、常設展示の入場料金に含まれている、小規模な特別展がいくつも開かれています。今現在では、ピエール・ブーレーズの展覧会、デンマークの宮廷画家アビルドガード展、ブタペストの美術館からオランダのデッサン展、そして「フランスのブロンズ ルネサンスから啓蒙時代まで」展が開かれています。
それぞれの展覧会は、ドノン、リシュリュー、方形宮のそれぞれで開かれているのですが、ブーレーズ以外の三つを観てきました。最初にリシュリュー翼の入口から入場してすぐのフランスのブロンズ展は、とても見応えのあるものでした。普段、ここでの展覧会は、小さい部屋二つで開かれることが多いのですが、今回はそこでの展示の他、リシュリューのマルリーの中庭、ピュジエの中庭に点在しているブロンズ像も、展覧会の一つに組み込み、周遊するように見学するようになっていました。
それらの多くは、常設展示で観られるものでもあるのですが、特別展の一つであることがわかるように、緑青色の壁を設置して、それが特別展の一部であることを明確にするという手法で、良く考えたものだと感心しました。
これらの展示をみていると、ブロンズ像の多くが為政者の像であることが多く、フランスの歴史を学ぶことにつながることに気づきます。また、王の権力がどのように公共空間に視覚化されていったかもわかり、とても興味深い展覧会でした。
私はもともと17世紀の研究をしていたので、特にアンリ4世以降のブルボン王朝の権力の図像化に興味をもちましたが、特にルイ14世の子供から王様への変遷は面白かったです。

2008/12/08

パリの外の建築展@イル・ド・フランス建築の家








ピカソ、中世と二つの美術館をはしごしたあと、もう一つ頑張って閉館時間が19時の展覧会に出かける。東駅のすぐそばにあるイル・ド・フランス建築の家という、以前から気になっていた会場に足を運んだ。この建築の家は古い修道院を改装し、そこに2003年に設立されたもので、1901年7月1日法によるアソシアシオン(NPO)だという。この建築の家は、全国各地に設置されており、そのネットワークもある。それらは、地域圏の建築家を登録しその活動を支援すると共に、広く建築に関する情報を提供し、一般の人々にも啓蒙活動を行うようである。その建築の家での展覧会は、「建築フェスティバル パリの外」というもので、パリの近郊都市における最近の建築作品の模型の展示であった。模型の周りには、名刺状のカードに印刷された写真(裏に説明)がばらまかれ、それを一枚一枚拾い集めることになる。展示内容をみると、アルセナーレの建築都市計画博物館で展示されていた、持続可能建築展の続きを見ているようで感じになる。つまり、さかんに環境との共存をアピールすることになる。

中世美術館へ行く




今日は月初めの日曜日ということで、無料公開の美術館をめぐった。先の投稿のピカソ美術館のあと、左岸に渡りクリュニー=中世美術館へ行く。こちらに来て、無料公開だった春に出かけて以来、目当ては特別展のCeltes et ScandinavesRencontres artistiquesVIIe-XIIe siècleだった。無料公開ということもあり、この美術館としては珍しく入場するのに20分ほど待たされた。この美術館も改装中のようで、入口の庭に仮設トイレがあったり、展示室の改装をしていたり、またへんてこな現代美術がインストールされるのだったら、困りものだなと思いながら、特別展に入場した。特別展といっても、最初の二部屋の展示なのだが、興味深いものだった。


特別展のあと、足早に一角獣のタペストリーの部屋にいく。日本語のガイドがあったので、それを読んでみると、とんでもない変換ミスを発見「古代哲学者に酔って説かれた自由意志を主張しているのです。」とある。大酒のみの哲学者がいたのかしらと・・ 実は、一つ前のピカソ美術館でもらったビュレンヌの説明文の日本語は、自動翻訳のようなひどさだったので、変換ミスの方がまだ微笑ましいというものか。

ダニエル・ビュレンヌ@ピカソ美術館






東京で大きなピカソ展が開かれているらしい、その展覧会やグラン・パレのピカソ展が可能となったのは、マレ地区にあるピカソ美術館の改修工事のためだという。日本には作品を貸し出し、そこから改修工事費の足しにしようとしうのだろう。その工事期間中、まだ細々と常設展示は行われているが、それと並行こうして、フランスの現代美術作家ダニエル・ビュレンヌによる大規模なインスタレーション作品が設置されつつある。
travail in situ と題されているように、この作品はピカソ美術館というその場所=in situにおいて成立する作品であり、高さ16m60の壁を美術館を貫通させるように設置し、その四角い壁は対角線が引かれ、上部には黒いパネル、下部には鏡が張られるというもの。対角線の長さは40mに及ぶようである。また、入口の名誉の庭に面しているガラス窓を五色に彩色を施すとともに、階段や切断面の側面などには、ビュレンヌ独特のストライプ模様を見ることになる。
ここのところ、現代美術を美術館にインストールする作業が盛んであるが、それを手がける作家は固定していて、今回の作品も規模が大きいので、面白いは面白いのであるが、またビュレンヌかといった印象を持つことになる。

2008/12/06

ディドーとエネアス@パリ オペラコミック座













今まで入る機会がなかった、オペラコミック座にようやく入ることができました。なんたって、この劇場はビゼーのカルメンや、オッフェンバックのホフマン物語を初演したところ(建物は今のと違うけど)、本家のオペラ座よりも小さめで、装飾もオペラ座のけばけばしさに比べると、幾分モダンな感じもする。現在は国立の劇場となり、数年前に改修がおわり、座り心地も良く、とてもきれいな劇場です。
今日の演目は、イギリスのバロック時代の作曲家ヘンリー・パーセルの唯一のオペラ「ディドーとエネアス」で、演奏はウィリアム・クリスティー指揮レザールフロリサン!一時間ぐらいの短い曲ですが、子供合唱が出てきたり、アクロバットの演出があったり、飽きさせません。このオペラはカルタゴの女王ディドーと、トロイの武将エネアスとの悲恋の物語ですが、最後にエネアスが去ったあとで、ディドーは自害します。その際に瀕死のディドーが歌うWhen I am laid in earth. 私が土の中に横たえられる時 が有名なのですが、今日のディドーを歌ったMalena Ernmanは、切々としかも美しく歌いきり、感動しました。また、今年のエクサンプロバンス音楽祭のコジ・ファン・トゥッテでデスピーナを歌ったJudith van Waroijのベリンダがとても良かったです。
この劇場では、年末のエロールのザンパは観ませんが、帰国までにフラ・ディアボロ、レディ更級、アルバート・ヘリングの3本のオペラを見ます。特にこの劇場で初演された、フラ・ディアボロは韓国の人気歌手スミ・ジョーが出演することになっているので、楽しみです。