2008/11/16

パリフォト Guillaume Leingre 




Paris Photoというアートショーに出かけた。これは、写真を扱うギャラリーがルーブルのカルーセルにあるホールで集まって商いするというもの。基本は商いなので、売れる商品、あるいは売りこみたい商品がでてくる。今年は、日本特集で日本の写真集出版社やギャラリーがたくさん参加していたし、そうでない画廊も日本に関係する作品の展示を積極的にしている。
そのうちの一つで、Galerie Michèle Chomette のブースでみたGuillaume Leingre 
ヴィラ九条山に滞在したらしく 以下がそのコンセプト
ギヨーム・ラングルは写真家。2008年1月から4月まで、レジデントとしてヴィラ九条山に滞在します。河原温に代表されるアーティストの系譜に属するギヨーム・ラングル。その彼が日本滞在中に取り組むことになるのは、パフォーマンスや文章表現に類似した点もある、写真を用いた本格的な「アクション」。つまり、ジョルジュ・ペレックの小説『人生 使用法』の登場人物に倣って、京都の名跡を写した絵葉書を日に数枚、フランスの自分の住所宛に送るというプロジェクトです。投函に先立って、その都度位置を確認されたポストは、同じ条件でひとつひとつ写真に撮られることになります。1月31日のヴィデオラマでは、ギヨーム・ラングル本人が、この新たな「実験」について、これまでのプロジェクトやコンセプチュアル・アートの手法について語ってくれます。河添剛は大学でフランス文学を専攻。現在、美術・音楽評論家、グラフィック・デザイナー、アート・コンサルタントとして活躍中。
作品を見ると、これは河原温の系譜というよりは、パクリである。パクリにはパクリの流儀が必要なのだろうが、その辺は無反省のようだ。北斎の「神奈川沖浪裏」の写真を送り、美術館でその展示のプランが提示されている。プランをみると、それはバーゼルのバイエラーファウンデーション美術館であることがわかる。レンゾ・ピアノ設計の美しい美術館だ、このプランの部屋には、通常モネの睡蓮が飾られていて、その目の前には、ソファーがあり、ソファーの背後からはドビュッシーの「海」が流れる仕組みになっている。このアーティストはそのことを知っていて、この作品をつくったのだろうか?
周知のように、1905年にこの曲が出版されたときの表紙は、まさに北斎のこの絵だったのだが、そこまで考えているのか?疑問だ

0 件のコメント: