2008/10/27

ピカソとダンス@シャンゼリゼ劇場









今週四回目のシャンゼリゼ劇場はピカソ展関連のイベントで、ピカソとダンス ピカソが装飾や衣装を担当したものの上演 サティのパラード、ストラヴィンスキーのプルチネッラ、そして幕間のあと、サティのメルキュール、最後にフラメンコもののCuadro Flamenco 振り付けは新しいもので、Europa Danseという若手のダンサーのグループが演じた(フラメンコはマドリッドの国立フラメンコ学校のコンクールで選ばれた) 若々しい舞台でした

以下その説明 なるほど
EUROPA DANSE Young European dancers - Direction Jean Albert Cartier. Created in 1999 like the orchestra for youngsters by Claudio Abbado, Europa danse allows young European dancers - of six different countries this year - to make the link between the end of their studies and their entrance into the professional world. Since nine years now, 200 young artists have benefited these practice periods at Europa danse.

FIAC









日本ではなかなか定着しないアートフェア、世界最大のアートバーゼルにも行けたのだが、NICAFなどの経験から、どうも好きになれない。買うわけではないが、どんな傾向にあるのかの調査と思い、行くことにした。メイン会場は、グランパレのネフ、そしてルーヴル美術館の方形宮の中庭に仮説で展示会場が設営された。土曜日にルーヴルに行き、あまりの低調ぶりに唖然とする。ただ人が多くて、集中力がなかったからかもしれないが・・・日曜日、グランパレのメイン会場に足を運ぶ、今日は最終日ということもあり、ピカソ展のよりも並んでいる人が多い・・というか切符売り場がのろいだけかも
グランパレの大きな空間にたくさんの画廊がならび、これはなかなか壮観で、ルーヴルよりも質が高いような気がした ただ、色々な画廊の思惑があるので、これで現代美術の動向を見ると言ったかんじではなかった。例えばハーストやリヒターのような、高価に取引されているような作家などは少ない とはいえ、新しい才能を見いだすといった感じでもなかった まあお祭りなのだ 日本の画廊は一店のみ参加だし 村上や奈良といった日本の売れ筋もなかった その中、川俣正の作品がロンドンとパリの画廊から、それぞれ新作のチュイルリー公園のマケット的作品が出ていた 可愛らしいが赤い丸はついていなかった またデュッセルドルフで活動している増山裕之の作品がとても美しくて買いたくなった
さらには、オザンファンやル・コルビュジエを扱う画廊があり、欲しくなったがいくら?とは聞かなかった
全体をみて、やはり低調かな 突き抜けてくる才能とか新しさといったものはなく、お祭りの喧噪だけが記憶に残ることに

2008/10/26

バレエ「天井桟敷の人々」@パリオペラ座



オテロのチラシが舞い

デズデモーナ=クドー・ミテキは階段で死ぬ

やはりバレエは、華やかな感じです
しばらく見ていなかったバレエ、パリオペラ座=ガルニエの公演「天井桟敷の人々Les enfants du paradis」を見ました。これはジャック・プレヴェールの脚本、マルセル・カルネ監督の映画のバレエ化で、音楽はマルク・オリヴィエ・デユパン、振り付けはジョゼ・マルティネスによるもの。
オペラ座の公式サイトに動画もアップされています。
バレエファンならば、誰が踊ったのどうのってことが気になるのでしょうが、残念ながらあまり知らないので、良くわかりません。ただ、この公演かなり力を入れているようで、入場すると大階段のところに、すでに曲芸師たちが出迎えてくれて、幕間にはロビーに黒衣に白マスクのダンサーが踊っています。階段でクドー・ミテキが踊ることになるのですが、これがフレデリック・ルメートルが上演する「オテロ」なのです。実は、第一幕のラストに、ギャランスが伯爵に助けられて去っていったあと、会場には紙チラシが天井近くからばらまかれ、それはフレデリックが上演するオテロの案内なのです。
第二幕の冒頭はフレデリックが創造した「ロベール・マケール」なのですが、これはストーリーだけでは、バレエの醍醐味がないので、連続回転などの技を披露して、次につなげます。ここの音楽は、ドメニコ・スカルラッティの編曲によるもの、結局最終的にバプティストとギャランスの別離で幕となるのですが、ギャランスは黒子に支えられ、オケピから客席に消えていき、バチストが嘆いておしまいというもの。

オルフェとユリディース@シャンゼリゼ劇場


 シャンゼリゼ劇場のコンサート形式のオペラ上演として、グリュック作曲「オルフェとユリディース」を聞きました。このオペラは、登場人物はオルフェ、ユリディス、そして愛の神の三人しかいません。物語は有名なオルフェウスの話、オヴィディウスの「変身物語」に典拠をもち、プッサンやルドンやモローらによる絵画もよく知られています。
 また、この夫婦愛のお話は、オペラの誕生時に上演された物語でもあります。つまり、1600年にマリー・ド・メディシスとアンリ4世の結婚式がフィレンツェのピッティ宮殿で開かれたときに、お祝いの宴でヤコーポ・ペーリによって「エウリディーチェ」という音楽劇が上演されました。これが現存する最古のオペラとなります(同じペーリによる「ダフネ」が最初といわれていますが、断片のみしか残っていません。)。ただ、この結婚式にはアンリ4世はフィレンツェまで足を運ばなかったので、代理人との結婚であり、持参金目当ての政略結婚による彼女の波乱の生涯は、ルーヴルにあるリュベンスによる大作「マリー・ド・メディシスの生涯」で確認できます。
 さて今回の演奏で、特に印象深かったのは、歌手でなくて、とても若い指揮者とその演奏団体の方でした。不勉強ながら、初めてジェレミー・ローレルとル・セルクル・ドゥ・ラルモニーは知りませんでした。なので、あまり期待していなかったのですが、思いがけずとてもすばらしかった。特に、ローレルの指揮に明確に反応していく、ピリオド奏法独特の切れの良さ、歌うところは歌い、祝祭的で躍動的なところもすばらしく、もう一度聞きたくなりました。3月21日にCDにもなっているダムロウとのモーツァルトのアリアのコンサートがあるようですが、そのときは日本にいて聞けないのが残念。



↑夜の女王のアリア 両者の共演

2008/10/24

デジュ・ラーンキのバルトーク




シャンゼリゼ劇場で、ダニエル・ガッティ指揮フランス国立管弦楽団の定期演奏会を聞く。プログラムは、ブラームスの大学祝典序曲、バルトークのピアノ協奏曲第二番、休憩後にブラームスの交響曲第二番というもの。今シーズンからフランス国立管のシェフとなったガッティ、まだこのオケを掌握しきっていないようで、大学祝典序曲はボロボロの出来、そして70年代にハンガリーの三羽烏(当然他の二人は、コチッシュとシフ)としてならしたデジュ・ラーンキが得意のブラームスを演奏する。色彩感のあるオケと確かなテクニックで安定したピアノ、なかなか良い演奏でした。それにしても、ハンサムで女性ファンも多かったラーンキ、既に50代後半、白髪のオジサンとなっていました。アンコールに、ここぞとばかりにアレグロ・バルバロ 得意中の得意といった感じで かっこよかった


後半は、ブラームスの2番、第二楽章と第三楽章は、とても美しかったけど、第四楽章は破綻気味だった。これでは、ブラボーと叫ぶ気持ちにはなれないので、早々に帰宅しました。

2008/10/23

オルセーの特別展




私 ちょっくらグランパレの展覧会に行ってきますよ!って感じ
オランピアはピカソと巨匠展で展示されています。すごく混んでいるようなので、落ち着いたら行くことに。

時間が遅くなったので、オルセーの特別展を手短に書きます。
一つは、パリのピカソイヤー?の一つの目玉、マネの「草上の昼食」とピカソのバリエーションの比較展示、これはピカソ美術館とオルセーにはしごすれば、今までも出来ていたが、他のコレクションからの展示も含めて、コンパクトながら見応えのあるものに、ただピカソはこのブログのクイズ1で出した「蛙」には全く興味を示していなかったようです。
次に、仮面展 カルポーからピカソまでという副題がついていました。彫刻のテーマ展示なのですが、ジャポニズムのコーナーに、 Paul-Albert Bartholomé による林忠正のマスクがありました。


さらに、現代美術とコレクションのコレスポンダンス展示で、ヴァレリー・ベランとマネValérie Belin / Edouard Manetを見ました。ベランは写真家で、静物のクローズアップのカラー写真を中心とするのですが、今までみたコレスポンダンスの中で最も凡庸な感じです。


また、Paris probable et improbableという、パリの建築、都市計画のドローイング展示は、興味深く見ました。


今日は、書く気力がないのですが、オルセーのパステル画コレクションの展示Le mystère et l'éclat. Pastels du musée d'Orsayは、質量とも優れていて、とても見応えがありました。明日以降時間を作って書き込むことにしますが、とりあえずホームページをみてください。

FIAC開催直前 チュイルリー公演の川俣正



ポルトドレで川俣さんに会ったとき、FIACの際に、チュイルリー公園で制作するから、遊びに来てよといわれたのだが、すっかり忘れてしまい。別のブログで、その制作のことを知った。このブログによると、五つ鳥小屋を制作したとあるが、今日は二つしか見つけられなかった。さらに、別のブログでは、グランパレの展示の写真がのっている。FIAC つまりは、Foire Internationale d'Art Contemporain.
は、最初のブログにも乗っているロンドンのフリーズや、6月のアート・バーゼル同様、コマーシャルギャラリーのブースが立ち並ぶ、アートフェアで、日本では以前NICAFというものがあった。
またFIACのoff的な若いギャラリー中心のSLICKが、このブログでも紹介した104で開かれる事になっている。なので、期間はFIACが23-26日、SLICKが24-27日と短いので、今週は夜のオペラと昼のアートフェアの掛け持ちで、多忙になるだろう。

Mr. @Emmanuel Perrotin




村上隆率いるカイカイキキのアーティストMr.の個展を、エマニュエル・ペロタン画廊で見る。今回の展示は、彼が制作したビデオ映像とそのスティール写真、ならびにそれに基づくであろうペインティング、その他、彼なりの怪しいロリータ、アニメ趣味的作品の展示となった。映像作品は、サバイバルゲームをクラブ活動的に行う女子中学生たちの物語なのだが、これはMr.の妄想の世界。38分程度の長さでしたが、深夜テレビの低予算番組を見ているような感じです。これが、画廊の協力を得て、アート作品として、画廊で上映されることの意味は、良くわからないのですが、ある程度成功した人の夢の実現のような感じのようにも思えた。私は、さだまさし、桑田佳祐、小田和正らが映画を制作して、誰一人として成功していないことを思い出しました。じゃあ、映像のプロパーの人が、この映像を作れたか?というと、もっと上手いものが出来ただろうけど、それじゃアートにならない。アートというものは、なんと厄介なものなのでしょう。絵画や映像のロケ地は代々木上原?あたりのようなのですが、それとは全く別の千駄木や西日暮里あたりの映像があって、懐かしくなりました。上の3人が歩いている通りは、不忍通りから、よみせ通りに抜ける「すずらん通り」 住宅街に忽然とあらわれる飲み屋街で、有元先生の自宅からもほど近いところです。

作曲家の湯浅譲二さんと今井智景さんと出会う@地下鉄

コンコルドからレプビュリック方面へ、8番線の列車に乗ろうとホームで待っていると、すごい混雑で一本乗り過ごすことに、ベンチにすわると、同じく一本乗り過ごした日本人の女性と、どこかで見覚えのある白髪の老人が会話している。なにやら、音楽関係らしい話題だが、老人の名前がすぐに出てこない もしかして湯浅譲二さんじゃないかと思いながら、次の列車に乗り込むと、すぐそばにいた二人が東京みたいな込み方ですねと言っている。つい、私も本当に東京みたいで、そして もしかして作曲家の方ですよね?と尋ねる、まさに湯浅譲二さん、その人だった。
名刺を交換して、パリにいる理由を聞くと、若い女性の作曲家のコンサートが昨夜あったらしいこと、そして明日からリトアニアへ行き、自作の演奏があるとのこと。彼のマネージメント会社のホームページには、以下のように書いてある。
渡欧 国際現代音楽協会(ISCM)リトアニアに参加 なるほど、そういうことかと合点する。
10月25日
National Philharmonic Hall/リトアニア
World Music Days 2008
「内触覚的宇宙Ⅴ」
指揮:Juozas Domarkas/管弦楽:リトアニア国立交響楽団

名刺交換した際に、日本フィルの事務局に教え子がいるというと、まさに日本フィルで初演した作品を演奏するとのこと、何という偶然、その作品は2005年にサントリーホールで聞いているもの、でも 残念ながら曲のことを、余りよく覚えていない。帰宅して、自分のブログの頁をみると、このコンサートは、実践の学生さんたちも招待してもらったものだった。ブログを読み直すと、「形」ってなんなんだ。
ところで、一緒にいた女性若手作曲家は名刺をもっていなかったため、あとでメールを頂くことになっているのだが、名前もうろ覚え 確かパリの秋フェスティバルで、日本人作曲家のコンサートがあったはずと、オペラ座のパンフレットを見てみると、確かに昨夜あって、二人の日本人女性作曲家の名前がある。Chikage Imai さんか Misato Mochizukiさんのどちらかだけど、望月京さんではないだろうから、imaiさんということになる。オランダに住んでいると言っていたので、ネット検索するとまさに今井智景さんに他ならないのだろう。更に調べるというか、ネットを掘ると この人はまさに、湯浅さんのお弟子さんで、マイスペースに曲まで公開している。その曲はとても美しい。たった五分ぐらいの挨拶でしかなかったけど、何か人のつながりをかんじた。

2008/10/22

また私を喜ばせてくれる

一つ前の投稿でアイムとデセイのレコーディング風景のyoutubeを載せたのだが、それを検索しているときに、正規映像はないはずのヘンデル作曲歌劇「アルチーナ」第一幕おわりの名アリアの映像があることに気づく。
これは、あきらかに客席からの盗み撮り、カメラが少しぶれる感じが、いかにもなのだが、デセイのコケティッシュぶり、そして超絶技巧ぶりを堪能できて、「また私を喜ばせに来て」という曲名、そのまま私を喜ばせてくれた。


これ鳥肌ものです クリティー指揮レザール・フロリサンのシャンゼリゼ劇場ライブでしょう。

エマニュエル・アイム指揮コンセール・ダストレ公演 フィガロの結婚



 シャンゼリゼ劇場でエマニュエル・アイム指揮コンセール・ダストレによる「フィガロの結婚」の公演があった。これは、リール歌劇場での公演の出演者による、コンサート形式によるもの。
指揮者のアイムとソプラノ歌手のナタリー・デセイは親密な関係にあり、そのためかデセイのバロック系アルバムの殆どは、アイムとの共演となっている。その全てを所有していて、おまけのDVDなどをみると、アイムは妖艶な感じなのだが、実際初めてみてみるとアメリカ西部の女教師のような服装で、熱血な指揮者といった感じ。ところが、彼女が率いるコンセール・ダストレ、数あるピリオド団体のうち、今まで聞いてきたレザール・フロリサン、ミュジシャン・ド・ルーヴル・グルノーヴル、あるいはニケのル・コンセール・スプリチュエル ルセのレ・タラン・リリック、さらにはコンチェルト・ケルンやフライブルグ・バロックなどと比べても非力に感じた。弦楽アンサンブルは健闘しているのだが、管楽器全般が弱々しい。これはアイムの指示なのか、フィガロのもつ祝祭性が伝わってこない
 今回は、若手歌手の公演となったが、デセイのアルバムに参加しているフィガロ役のMatthew Roseは良い声だが、やや一本調子気味 ファルセットも気になる スザンヌのHelene Guilmetteは華があるが、可もなく不可もなく的の出来、伯爵夫人はアメリカの黒人歌手 Nicole Heaston、容貌は伯爵夫人じゃないんだけど、これはなかなかの歌手。伯爵はJacques Imbrailo この歌手も今後の活躍が期待出来る良い歌手だった。一番気になったのは、ケルビーノのKate Lindsey 長身の美貌のアメリカ人歌手、華があって演技も上手だった。

2008/10/20

クイズ9です


たんたんと次のクイズです。この絵は有名な絵の部分です。作家名と絵の名前を考えてみてください。

ヒントは、この絵の画家はロココ美術の代表的な画家です。これヒントでなくて、殆ど答えかもしれませんねえ・・・

大都市軸のビデオです



これは公式サイトの映像

1987年のエリック・ロメール監督作品「友達の恋人」 L'Ami de mon amie のロケ地となっています。

最後は牡蠣を食べました


今回訪問してくれた卒業生たちと一緒に生牡蠣のディナーです 9月の牡蠣も美味だったが、これから冬になるほど美味しくなるのでしょう。

ヴェルサイユのジェフ・クーンズ 続き




Split-Rockerという作品です。

ビルバオの「バビー」2001年訪問時、この日9月11日でした。

前回のヴェルサイユ訪問で見逃していた、庭園の作品を見ました。この日は、セルジー・ポントワーズからポワッシー、デファンスまで戻り乗り換えでヴェルサイユを訪問するという強行スケジュール(更には夜にオペラまで入っていた)1~5ゾーンの一日券(モビリス)を使用したおかげです。
さて、その作品ですが アルミードのプロローグでダンサーたちが踊っていたオランジュリーにありました。ビルバオのグッゲンハイム美術館にある、バビー同様、植栽で出来た作品です。今年ビルバオを訪問した酒井先生が、夜にバビーに水やりしている風景が面白かったと言っていました。こういう作品は管理が大変そうです。かわいらしさと馬鹿馬鹿しさ そこにアイロニーがあるにせよ ヴェルサイユではそういう要素が全て払拭されていて、空虚です。

文化遺産と現代美術@サヴォワ邸






セルジー・ポントワーズの後、ポワッシーに行き、サヴォワ邸を見学する。20世紀の近代建築の傑作中の傑作だが、世界遺産登録も秒読みで、以前より観光客が多く感じる。さて今回の訪問では、ディティールの確認をしたのだが、それは別の機会にするとして、作者をチェックしていないのですが、現代美術作品がインストールされていました。窓に赤い毛糸の玉のようなドローイングや写真が密やかに設置されていました。前回来たときも、同様に現代美術の展示があったのですが、規模が小さく、目立たないので良いかもしれないけれど、それも作品としてどうかなと思うところもあります。

大都市軸のオリーブの木






カラヴァンの大都市軸は、以下の12の要素からなる
L'Axe majeur est composé de 12 stations : la tour belvédère, la place des colonnes Hubert Renaud, le parc des impressionistes, l'espanade de Paris, la terrasse, le jardin des droits de l'homme Pierre Mendes France, l'amphitéâtre, la scène, la passerelle, l'ile astronomique, la pyramide et le carrefour du ham.
そのうち、人権の庭には、ヴィンチ村のオリーブの木がミッテラン大統領の手によって植樹されている。いかにも、平和のアーティスト、カラヴァンらしいアイデアと思うが、当然片桐さんのことも思い出される。

大都市軸へ ダニ・カラヴァン






21日まで つまりは、明日まで世田谷美術館では、ダニ・カラヴァン展が開催中ですが、その代表作とも言える大都市軸を見に、セルジー・ポントワーズへ行く。ここに来るのは、17年ぶりだが、その規模の大きさに圧倒される。

ユトリロとオネゲルの墓@サン・ヴァンサン墓地



モンマルトルの葡萄畑の側、ラパンアジールに面して、サン・ヴァンサン墓地がある。モンマルトルの墓地より規模は小さく、有名人は少なめだが、ユトリロの墓や作曲家オネゲルの墓もある。墓参すると、近くの猫おばさんが、ステーキアシェ(牛挽肉)をもってきて、猫にえさやりしていた。谷中で見る光景と似ている。

モンマルトル美術館


カリエール 婦人像の小品も

プルボのオリジナルも展示されている



モンマルトルの模型

私が住んでいるアパルトマン 本当にモンマルトルの中心にあることがわかる

ムーラン・ド・ラ・ギャレットのポスター
近くに住んでいながら、一度も入ったことがなかったモンマルトル美術館へ入ってみた。ここの番地は、コルトー街12番地、ルノワールがアトリエを借りていた場所であり、ここからムーラン・ド・ラ・ギャレットに通い、ここで渋谷の東急文化村で開かれた「ルノワール+ルノワール展」にも来日した「ブランコ」といった作品がこの地で描かれたことになる。更には、ユトリロもこの地で制作することになる。
この美術館は、何かしら根津の「弥生美術館」に似ているような気がする。

モン・サン・ミッシェル 海から 2002年夏


海側から見たモン・サン・ミッシェルの写真を載せることにします。塩の満ち干が急速だから、絶対海へは行かないでくださいと言われるのですが、実際には昔のような状況になることは、少なくなっています。そこで、現在は景観保全事業が始まっています。

夏の写真ですが、テラスには腰掛けている人が多くいます。モン・サン・ミッシェルは山なのに、休憩場所が少ないため、このように座って休憩することになります。先日も、この写真のように腰掛けていると、初老の日本人観光客=男性が近づいてきて、ここに座ると写真を撮る人に迷惑だから、座らない方が良いと注意されました。別に、その人が写真を撮っているわけではないのにです。もっとも、天気が悪くて座っている人が我々だけだったので、目立つからかもしれませんが、この男性は外国人に対しても同様の態度をとるのだろうか?日本人として恥ずかしいと思ったのだろうか?等々考えることになるのですが、私は美しい写真のためという理由が、教会の前の広場で休息をする人を排除する理由にはならないと思っています。

展覧会場としての文化遺産





モン・サンミッシェルでは、大規模な写真展=空と大地の間展が開催されていました。今年は、開山1300年!にあたり、様々な催し物が開かれ、その一環のようです。Jean-Michel Guillaudという写真家が、ユネスコの世界遺産に登録されている聖山の写真を修道院の内部、外部の両方で展示するというもの。文化財が現代的な表現の発表場所となることは多くありますが、現代美術のインスタレーションが全く合致していないことが良くあります。今回の展示は、モン・サン・ミッシェルの神秘性と合致している用に思いました。

モン・サン・ミッシェルといえば


参道には土産店とレストランが軒を並べ、日本語による客引きの声も飛び交う




モン・サン・ミッシェルといえば、ふんわりとしたオムレツが有名ですが、その元祖の店=ラ・メール・プラールの店はとても高いので、安めのカフェで一つだけ頼み、雰囲気をあじわうことに。ムールフリットとガレットを三人で分けて、ブルターニュセットのできあがりだ。元祖の店のオムレツにしても、さほど美味しいわけではないという情報があるように、ここの観光客の通過儀礼的なものなのだろう。

モン・サン・ミッシェルへ


海に浮かぶモン・サン・ミッシェルを見るには、遠くから見なければいけない。個人旅行でも、帰りのバスを気にすると、引きで見るのはこれが精一杯。観光バスが無粋です。


建築的には回廊の柱が交互に配置されているところが興味深かったです。


先週は、東京から卒業生二人がやってきたので、一緒に観光しました。9月にこちらに来た酒井先生も訪れた、モン・サン・ミッシェルへ日帰り強行旅行となりました。酒井先生は観光バスを利用して、朝7時30分にはパリを出発するというものでしたが、私たちはそれよりも安上がりで、時間も遅い9時出発の新幹線=TGV+バスで個人的に行くことに(ちなみに我々は鉄道往復で50ユーロ=早割で購入、それにバス=21ユーロ60 つまりは71ユーロ60で往復しました。ツアーは、昼食代とガイド代、入館料が含まれるので、それをプラス30ユーロとすると、100ユーロぐらいですから、50ユーロぐらい安くなります。)ただ、片道4時間ぐらいかかるので、このような日帰りは伊勢神宮を日帰りするようなもの、本当だったらゆっくりみたいところです。
また、ここは世界遺産で最も人気のあるところ、当然日本人観光客も次から次へとやってきては、名物オムレツを食べ、山に登っていくことになります。個人旅行の良いところは、比較的時間をとれることかもしれません。しかし、それでも日帰りだと、あの海に浮かぶモン・サン・ミッシェルを遠くから見ることはなかなかできません。

クイズ8の答え




実践の卒業生が先週、パリを訪問してくれました。その相手などしていたら、更新ができなくなっています。落ち着いたら、そのときの様子などを、さてクイズ8の答えですが、シャルティエというビストロです。
一人で行くと、当然相席、好きな席など勝手に座れません。サーブするギャルソンはまさにギャルソンといった感じなのですが、愛想は悪いです。値段はとても安いし、明細はテーブルにボールペンで書かれます。必ずしも美味しいというものではありませんが、雰囲気は楽しめます。

2008/10/16

ルーヴルでの対話


今日はルーヴルに行き、彼と対話をすることに、彼とはレオナルドの化身なのだが、彼はフラッシュの嵐で目があけられないぐらいだと愚痴をこぼしながらも、真後ろのヴェネチア野郎のコンサートを見ない馬鹿者ばかりで困ったものだと批判的だった ダン・ブラウンとかいうヤンキーの金儲けのとんだとばっちりを食ったよと・・・また、俺の弟子筋に面白いやつがいるから会ってくれと言われ、そいつの前に行く 観光客は少なめで忘れられがちだから慰めてやってくれと言われ わかる奴にはわかるんだよと慰めることに 最後に いつまでも忘れないし、また来るからいつまでも待っててくれと言って自宅に戻る

2008/10/15

片桐先生の三回忌

10月15日は片桐先生の三回忌です。これは仏事の数え方ですが、亡くなって2年が過ぎたことになります。月日が経つのは、本当に早いものです。今日は、ルーヴルに行き、レオナルドの絵の前で、故人を偲びたいと思います。

2008/10/13

クイズ8

このブログの表紙に自分の好きな写真を張り込むことが出来るとしり、しばらく前までカイユボットの絵を使用していました。今は、とある有名なビストロの写真を載せてます。さて、このビストロの名前は何でしょうか?というクイズを出すことに。ヒントは、六人部先生も常連らしい、学生を連れて行ったこともあるらしい、庶民的な店らしい、9区にあるらしい 1896年創業らしい 以上です

104から見るパリの葬儀事情

パリ市のアートセンター104は、もともと葬儀場だったところを、アートセンターにリノベーションしたもの、そのホームページに場所の歴史が書いてあるのだけど、これが興味深い http://www.104.fr/#en/CENTQUATRE/5-History
↑この頁には、僕の大好きなDSの霊柩車の写真もある

もともと司教区が1873年に建物は作ったのだけど、その後政教分離により1905年にパリ市がSMPF=le service municipal des pompes funèbresという葬儀公社を設立して、棺、霊柩車、運搬人等の葬送サーヴィスを独占していたとのこと。また、その設立は、共和制の理念、つまりは自由平等博愛を「死」にも適用しようとしたものらしい。
というのも、自殺は認められていなかったし、離婚した女性の葬儀は夜にやらなければいけなかった等々 で、この独占は1993年の la loi Sueur du 8 janvier 1993.という法律制定まで続き、その法律が施行された98年1月10日からは、完全自由化となったという。 http://www.ilyfunet.com/actualites/on-en-parle/409_onenparle.html
↑にパリの日本語ミニコミ誌オヴニーの記事がある
それにしても、葬儀を独占していたから上記のSMPFは、一番多いときで27000台!もの霊柩車を保有し、1400人の従業員がいたという 従業員より霊柩車の数の方が多いのが気になるけど それが今ではアートセンターへ 表面的には、死から生への転換に映るかもしれないけど、アートこそ死というハレの場に似つかわしいものはないとも言え 興味深く思った次第です

ところで、上の日本語ミニコミ誌の他にも、ニュースダイジェストというミニコミがあり、そこでパリの葬儀事情の特集がありました。それは、ネットでも読めます↓
http://www.newsdigest.fr/newsfr/content/view/923/67/
この記事を読んでも人ごとなのですが、パリで客死する日本人が全くいないわけではありません。
パリの生活を綴るブログはたくさんあるのですが、そのブログの主が亡くなったというブログに行き着いた時は、とても悲しい気持ちになりました。彼女はパリで埋葬され、そのブログは彼女を愛する人によって現在でも、更新し続けられています。ブログというメディアが、人の記憶を介在するメディアとして機能をもっていることに感動します。

2008/10/12

モンマルトルの葡萄収穫祭 その2 露店









サクレクール前にはたくさんの露店が並び、夜の22時まで営業していました。ワインは一杯1.5-4ユーロ程度、シャンパンも3ユーロぐらいから飲めます。私は、一つ1ユーロの牡蠣を空けてもらい、シャンパンで収穫を祝いました。


モンマルトル産のワインは、希少価値からなんと一本40ユーロ、高級シャンパンのような値段なので、写真だけをとりました。

モンマルトルの葡萄収穫祭 その1



モンマルトル共和国のメンバーの皆さんの行進

ブルターニュ地方からもディフィレに参加です ゴーギャンの絵を思い出します


モンマルトルのぶどう畑方面から、陽気なパレードがやってきました。

今週末はモンマルトルのぶどう収穫祭です。11日の土曜日には、収穫を祝ってのパレードがあり、夜には花火も打ち上げられました。町中が火薬の匂いで充満・・・:;:;
サクレクール横にはたくさんの露店が出て、フランスの特産市状態。何か、日本の夏祭り、秋祭りに来ているような感じです。

パリ市に新たなアートセンターオープン=104




子供用プログラムも用意されている

Andrea Creaによるインタラクティブなビデオアート作品。画面に入り込む私

Berger&Bergerというユニットによるオブジェ 視覚的イリュージョンを誘発する

パリ市の19区、スタリングラードからオーヴェルヴィリエ門方向へ、10分ぐらいのところに新たなアートセンターがオープンした。その初日は入場無料ということで、早速出かけてみることに


そのアートセンターの名前は、住所から取られた「104」というもの、元々はパリ市の葬儀場だったところを、改装して総合的なアートセンターとなった。これは、ドラノエ市長の文化政策の一環のようだが、国や地域圏、県の施設でなく、パリ市が主導しているところがミソなのだろう。


総合的というのは、いわゆる造形芸術だけでなく、パフォーマンスや演劇、音楽もろもろの現代的表現の可能性を探るもののようだが、子供向けのプログラムも充実させようとしている。また、当然のようにカフェやレストランといった、アメニティーも用意して、その場のポテンシャルを高めていくのであろう。


もともと、葬儀場が置かれること自体都市の周縁部なのだろう。目の前は、鉄道の操車場、背後にはかってはヴォイドの空間だったのかもしれないが、今では無機質な高層集合住宅が建ち並ぶ地域となっている。そこに、現代アートの活力を投入していくという都市政策なのだろう。

2008/10/11

モンマルトルの丘敏君(Yue Minjun)




天安門事件を題材にした「処刑」という作品が、サザビーズで約7億円で落札された、中国の現代美術作家=丘敏君(Yue Minjun)の作品が、同じアパルトマンの住人、ジャン・クロードさんの家にある。それは、ユイグさんが中庭でフェット(パーティ)をしたときに、家に招かれたときに気がつき、驚いて尋ねるとまだ売れていないころ北京で買ったという。そのとき見たのは、25cm×20cmの偶像シリーズ2点で、今は彼は大画家だから、いい買い物したねと言った。ところが、ジャン・クロードさんは、そんなことどうでもいいよって感じだった。
ジャン・クロードさんは、東洋的な方法を用いて、マッサージなどをするセラピストなのだが、彼の仕事場を見せてもらったら、なんと、さらに二枚丘敏君(Yue Minjun)の作品があり、なんともオシャレに飾ってあった。

2008/10/10

マンテーニャ展@ルーヴル美術館





秋の美術シーズン、パリではピカソ関係の展覧会が目白押しなのだが、それよりも注目していたマンテーニャの展覧会を見に行きました。この展覧会は、画家の修業時代から、マントヴァの黄金時代、そしてコレッジョらに与えた影響関係を示すもので、なかなか見応えのあるものでした。特に、ナポレオンが持ち去って、いまだフランスにあるヴェローナのサン・ゼノ教会の祭壇下部のプラデッラの三枚が、並べられているのは、圧巻でした。私は、ヴェローナのサン・ゼノには二度訪問したことがありますが、そこにはコピーが飾られています。美術館は略奪の歴史そのものであることを考えさせられますが、素直にこの三枚は驚異的な作品であるので、堪能することができました。
またウィーンの美術史美術館からは、小さい作品ながらとても美しい「聖セバスティアヌス」が出品されていましたが、この絵も思い出深い絵です。この絵は初期の作品で、後期のルーブルの作品と対比できるようになっていました。これはとても贅沢な話です。とはいえ、僕はヴェネチアのカ・ドーロの作品も含めて、この初期の美術史美術館の「聖セバスティアヌス」が一番好きです。というのも、宝石のような輝きを持っているとともに、セバスティアヌスの足がのっている立方体の石が正面むいておらず、斜めになっていること、また背後の市松模様の床も、単純な遠近法でなくて、ある種の歪みを感じさせるようなところが、昔から気になってしょうがないからです。もっともルーブルの右下の人物も不思議で気になってしょうがないのですが・・・
それと、今回の展覧会でとてもうれしかったことがあります。それは、マントヴァ関係ということで、レオナルド・ダ・ヴィンチの「イザベル・デステの肖像」が出品されていることでした。よくよく考えれば、この展示はあり得るのですが、何の前情報も得ずに、入場したので、この絵が目に飛び込んできたときには、サプライズと共に、もしかして命日が近い片桐さんからのプレゼントなのかもしれないと思ったぐらいです。まだ空いているので、ものすごく近くで観察して(もっとも監視員に注意されましたけど)、しっかり針穴も確認できましたし、本当に神秘的で美しい絵でした。

アルミード 第3~5幕@シャンゼリゼ劇場

アルミードの後半です。 ネタバレ注意
第3幕
本来であれば砂漠のシーンであるが、第一幕同様王の寝室のセット、バラスターの前には赤い服が脱ぎ捨てられており、ベッドにはルノーが寝ている。側にアルミードが立ち、ルノーを愛してしまったことを嘆く、それを侍女のシドニーとフェニースが心配する。そして、アルミードはベッドから出て、憎悪の女神に助けを求めるために呼びかけの歌を歌う。すると、暗転しベッドにスポットがあたり、ルノーのすぐそばに、憎悪の女神が、アルミードと同様の赤いドレスを着て登場。ちなみに、憎悪の女神は、バリトンのローラン・ナウリが歌っているので、あの禿頭に赤いドレスは、ドラァグ・クイーンの様でもある。手下の女神たちも、同様に赤いドレスを着て舞台に登場し、バラスターの前に出てきて、アルミードを取り囲む、その間憎悪の女神は、口紅を取り出して、唇にそれを引くのだが、口紅のメタリックな筒が、ライトに照らされ、舞台に反射する。しかし、アルミードはそれに耐えきれずに、バラスターを乗り越え、ベッドのルノーの方に歩み寄り、憎悪の女神への願いを取り下げることになる。それに憎悪の女神は激怒して、アルミードに近づき、ビズをするようにアルミードの、首元に先ほど引いた口紅をこすりつけるようにする。同様に、手下の女神たちも、憎悪の女神の後に続き、次々にアルミードの首元に紅をこすりつけ、それらが退場したのち、アルミードは首元が真っ赤になりながら、呆然と立ちすくんで幕となる。
第四幕
ルノーを救済するための騎士のユバルドとデンマークの騎士は、サーチライトを持ちながら、劇場のバルコンに突然登場する。彼らは、客席を照らしながら、ルノーをさがし、更にはパルテールにおりて、オケピの指揮者の後ろを通り過ぎながら、舞台へ登る。舞台は前方に紗幕がさがり、後方には紗幕で囲まれているベッドがある。すると奥のベッドにヌードの女性がたち、二人を誘惑しはじめる。それは、デンマークの騎士が恋するリュサンドであり、デンマークの騎士は舞台手前の紗幕を難なくくぐり抜け、奥のヌードのリュサンドと抱擁することになる。それを、ユバルトは悪魔の仕業であることを理解して、デンマークの騎士を助けようと中に入ろうとするが、なかなか紗幕をくぐることができない。やっと中にはいったユバルドは、サーチライトを幻影としてのリュサンドに照らすと、舞台は暗転してリュサンドは消え去り、これがまやかしであることに気づくことになる。
次に、ユバルドが愛するメリースが、先ほどと同じようにヌード姿で登場し、今度はユバルドがだまされて、難なく紗幕をくぐり抜け、彼女に近づき抱擁する。舞台上のヌードのリュサンドとメリースは、当然黙役で、袖で3役の歌手たちが歌うことになる。デンマークの騎士がやっとのことで、紗幕をくぐり抜け、先ほどと同様に、サーチライトでメリースを照らすと、暗転してヌードのメリースは消え去り、誘惑に打ち勝つことになる。本来であれば、この箇所は金の杖が救済の道具となるのだが、カーセンはそれをサーチライトに置き換える演出をした。
第五幕
幕が上がると、バラスターの前方にベッドが置かれ、オレンジの光で舞台は満たされる。そして、ベッドでアルミードとルノーは抱擁し、耽溺している。アルミードはこの愛が魔術による虚偽のものであることを良く理解していて、嘆き悲しむことになる。そして、アルミードは地獄に出かけ、パッサカリアのシーンとなる。
このシーンでは、グレーの衣装の精霊たちが登場し、中央のベッドをくるくると回転させると共に、後方にあったバラスターは半分に分割され、ベッドを挟みこむように左右に配置される。このシーンの振り付けを見ていると、なにやら盆踊りのような手振りなので、笑ってしまった。もしかして、静岡の仕事で振付家は盆踊りに触れて、それを利用しているのではと勘ぐってしまう。この間、ルノーはベッド後方に行き、アルミードと同じ赤い衣装に着替えることになる。
そして、パッサカリアが終わると、ルノーは舞台前方に行き、舞台中央に置かれた椅子に、観客に背を向けて座り精霊たちをみることになる。このとき依然として舞台はオレンジの光に満たされているのだが、そこへ今度はグレーの衣装のアルミードが登場し、ルノーに行かないでくださいと懇願することになる。しかし、ルノーはユバルドとデンマークの騎士と共に、舞台から立ち去ることになるのだが、騎士から床に落ちていた赤い手袋を拾ってもらい、それをしっかりと身につけて、赤い衣装を完成させながらの退場となる。
一人残されたアルミードは、全てが終わったこと、一人残されたことの悲哀を歌い、ベッドの中でナイフをもち、それを腹に刺して息途絶えることになる。舞台は暗転し、ラストシーンとなるが、ベッドにはアルミードはいない、プロローグで王のベッドで一人まどろんでいた、男性観光客がそこにいる。ヴェルサイユ宮殿の庭園で踊っていたダンサー=観光客たちが、彼を捜し、ベッドで寝ている彼を発見すると共に、監視員も彼をみつけて、ベッドから連れ出して、混乱のうちに幕となる。すると、アルミードの話は、王のベッドで寝ていた観光客の夢の話だったのだろうか?
以下キャストです。
William Christie, direction musicale
Robert Carsen, mise en scène
Jean-Claude Gallotta, chorégraphie
Gideon Davey, décors et costumes
Robert Carsen et Peter Van Praet, lumières
Choeur et Orchestre Les Arts Florissants

Claire Debono, La Gloire, Phénice, Lucinde
Isabelle Druet, La Sagesse, Sidonie, Mélisse

Stéphanie d’Oustrac, Armide
Nathan Berg, Hidraot
Paul Agnew, Renaud
Marc Mauillon, Ubalde,
Aronte Marc Callahan, Artémidore 
Andrew Tortise, Le Chevalier Danois
Laurent Naouri, La Haine
Anders J. Dahlin, Un amant fortuné
初日ということもあり、クリスティーや歌手たちに対する熱烈な拍手でした。私は、アルミードを歌った、ステファニー・ドゥストラックがドラマティコさに欠けるのがミスキャストのような気がしたが、それでもこの大役をこなしていて合格かなと ルノーのアグニーは、相変わらずの美声で良いのですが、第二幕のまどろみのシーンで全く聞こえないところがあり、あれ?と思うところがありました。あと、3役のClaire DebonoとIsabelle Druetが良かった。
最後に演出、あるいは振り付けに対しては、ものすごいブーイングでした。僕は、楽しく見ましたけど、どうなんでしょう?

2008/10/09

リュリ「アルミード」第1幕~2幕




「ネタバレ注意」

第一幕

合唱が退場し、第一幕のリトルネッロが始まる。紗の幕もあがり、舞台はヴェルサイユ宮殿の王の寝室そのものであることが理解できる。しかし、ヴェルサイユが金色であるのに対し、舞台はグレー(あるいは銀色)、また舞台の床は御影石みたいにピカピカ光り反射している。更には、舞台のベッドの奥の壁は鏡のように反射していて、プロローグの映像に出てきた「鏡の間」を意識させる。アルミードは中央のベッドに赤いドレスを着て横たわっている。この赤とグレーとの対比は、演出上の肝となる。

最初に侍女のフェニースとシドニーが登場する(プロローグの栄光と英知の女神と同役、さらには第4幕のリュサンド、メリースも同様で三役となている)二人は、部屋と同じグレーの衣装を着ている。アルミードが、ルノーの足下に倒される夢で心が乱れていることを二人に告白したのち、叔父のイドラオが登場する。イドラオも同様にグレーの衣装をきていて、アルミードに結婚を勧めるが、アルミードはそれを断り、ルノーに打ち勝ったものこそが自分の夫であるとする。そして、アルミードの美しさと強さをたたえるディヴェルティスマンへと続くが、グレーの衣装を着たダンサーたちが登場し、バラスター前の広場を行進したのち、二つのグループに分かれ輪舞となる。振り付けは、日本にもゆかりのあるジャン=クロード・ガロッタで、いわゆるバロックダンスを取り入れる訳ではない彼流のヌーヴェルダンスなのだが、が率いるグルノーブルのダンサー達がレザールフロリサンの合唱と混じりあう舞台となる。ただし、広間を一度一周してから、それが二つに分かれる様子は、バロックダンスの舞踏譜のシンメトリーを想起させるので、それを意識しているのかもしれない。また、このダンスシーンは、グレーのダンサーの中で、唯一赤いドレスのアルミードがいることとなっており、その色の対比によって、アルミードの美が強調される形になっている。さらには、セットの背後は鏡のような効果があり、プロローグの鏡の間を連想させることになる。次に、曲調が変わり、アロントが登場し、ルノーによって捕虜が解放されてしまったことを報告する。それに激怒するアルミードとイドオラは、合唱と共にルノーへの復讐を誓い幕となる。

第二幕

幕があがると、ベッドとバラスターはなくなり、背後も鏡の効果はなくなっている。ただ、下から蛍光灯がひかっている。そこにTシャツに茶のジャケットのアルテミード、グレーのカジュアルなジャケット姿のルノーが登場する。アルテミードはルノーにお供したいと願い出るが、それをルノーは断る。アルテミードはルノーにアルミードに用心するよう忠告する。突然前奏曲が始まると、暗転してアルミードとイドラオが登場するが、このシーンは色彩的には赤と黒の対比となる。また、紗幕の背後にスポットライトがあがり、そこにグレーの衣装の精霊や悪魔たちが浮かびあがる。そして、彼らはグレーの服を脱ぎ捨て、アルミードと同様の赤いドレスに着替えることになる。そして、アルミードとイドラオのデュエットのあと、フルートの牧歌的な音色が響き、ルノーが登場する。舞台は、オレンジ色の光に満たされ、そこでルノーは、床に座り込み靴下を脱ぎ捨て、まどろむことになる。すると、先ほどの赤いドレスに着替えた、精霊たちが、赤いバラの花を舞台にまき散らしながら登場し、ルノーを取り囲むことになる。そして、ついに=Enfin あの有名なレシタティフ つまりは、ルソーとラモーの論争を導くレシタティフとなる。

このEnfin! il est en ma puissanceの場面は、オレンジ色の光に満たされた舞台は、サイド暗転し、奥の紗幕の背後に赤いドレスを着たアルミードにスポットライトをあてることから始まる。床に寝ているルノーであったが、床がせり上がりベッドのようになり、そこにナイフをもったアルミードが近づく。そして、苦悩しながら、逡巡するのであるが、音楽的というか、レシタティフの間が長いように感じた。これはヘレヴェッヘ盤との対比においてとなるのだろうが、モデルとすべき悲劇の朗詠からも逸脱し、近代的なドラマとなっていた。アルミードはナイフを捨てて、ベッドのルノーの横に添い寝をする、しかし、また立ち上がり そこから離れ、床にうつぶせ、先ほど蒔かれた赤いバラの花を蹴散らして苦悩のうちに幕となる。

これから出かけるので後半は帰宅後書くことします。
ところで、このアルミードですが、ジャン・リュック・ゴダールがオムニバス映画「アリア」の中で取り上げているところでもあります。


リュリ「アルミード」プロローグ@シャンゼリゼ劇場


フランスのオペラは、ルイ14世の時代のリュリによって確立されたが、その代表作「アルミード」の公演があった。ここで注意したいのは、この作品は「叙情悲劇tragédie lyrique」あるいは「音楽悲劇」と呼ばれ、5幕で構成されるが、ルイ14世を讃えるプロローグを備えている。また、イタリアオペラのような朗々たるアリアの歌唱が中心ではなく、文字通り音楽つきの悲劇がめざされた。オペラは通常アリアとレチタティーヴォ(=語り)によって構成されるが、フランスの音楽悲劇に力点が置かれていたのは、語りつまりはレシタティフの方であり、語るように歌うのであり、それ以外のエール(アリア)やディヴェルティスマン(気晴らし)は、幕の終わりにダンスを伴って演奏されることになる。なので、イタリアオペラやモーツァルトなどを聞き慣れている人には、フランスの叙情悲劇は平板で、退屈なものとして感じるかもしれない。すると、演出家はその退屈さを乗り越え、現代的な解釈を付与したくなるのだろう。今回のロバート・カーセンによる演出も、そのような視点が強かった。
これより先 ネタバレ注意です
当初、プロローグをどのように演出するのか気になっていた。筋とは別の王様を讃えるだけのところなので、もしかしたら強引にカットしちゃうのではないかさえ思った。さて、劇場に入ると、舞台には17世紀のヴェルサイユ宮殿を描いた絵が映し出され、その上にはガイドツアー19時30分と言う文字がある。、指揮者のクリスティーが入場し、挨拶すると劇場の照明は落とさずに、その絵の前に金色のポールと赤いロープがあり、係員がおもむろにそれを片づけることになる。そして、グレーのワンピース姿の女ガイドさんが2人(栄光の女神と英知の女神)が舞台袖から出てきて、指示棒を延ばし、美術史の講義をするように、舞台に映し出され始めた、ルイ14世の栄光について讃えることになる。この講義を聞くのは、観光客になるのだが、いきなりレザールフロリサンの合唱組が、いかにもヴェルサイユの観光客といった格好で客席(パルテールとバルコン)通路に登場する。客席からの合唱=観光客とガイド=女神の応答のあと、舞台にはルイ14世の関連図像の静止画から、ヴェルサイユ宮殿の動画に変わり、客席にいたはずの観光客がその動画の中に入り込み、舞曲に合わせて鏡の間で観光客たちが踊ることになる。鏡の間のあと、観光客はベルニーニによるルイ14世の彫像も置かれている「王の寝室」に入ることになる。すると、観光客の一人(男性)が、その部屋にうっとりして、バラスターを乗り越えベッドの上で顔をつけて法悦状態となる。彼以外の観光客=合唱は、宮殿から庭園に出て、ラビリントや王自身もダンスを踊った木立の泉でのダンスシーンのあと、再度ベルニーニによる彫像がアップとなり、王の寝室で昼寝をし続ける男が映し出されると、観光客=合掌は退場して、プロローグは終わる。

2008/10/08

リゴレット@パリオペラ座 バスティーユ


9月のボリショイをパスしたので、今シーズン最初のオペラとしてリゴレットをバスティーユでみた。

このプロダクションは以前見たことがあるのと、チケットを取るのをうっかり忘れていて、パスしようかと思っていたが、結局6階のギャラリー9ユーロの席を確保して、あまり期待しないで行った。そういうこともあってか、いつも持って行くカメラも忘れた。キャストは以下の通り

Direction musicale Daniel OrenMise en scène Jérôme SavaryDécors Michel LeboisCostumes Jacques Schmidt et Emmanuel PeduzziLumières Alain PoissonChef des Choeurs Alessandro Di Stefano
Il Duca di Mantova Stefano SeccoRigoletto Juan PonsGilda Ekaterina SyurinaSparafucile Kristinn SigmundssonMaddalena Varduhi AbrahamyanIl Conte di Monterone Carlo CigniGiovanna Cornelia OncioiuMarullo Igor GnidiiMatteo Borsa Jason BridgesIl Conte di Ceprano Yuri KissinLa Contessa Claudia GalliPaggio della Duchessa Anna Wall

↑見づらくてすいません。

このリゴレット、ホワン・ポンスのためにあるようなもので、実際そのためのものでもあったのだが、あまり期待していなかったジルダを歌ったエカテリーナ・シウリーナがとても良く、最後は久しぶりに泣きそうになるぐらい感極まった。音程が安定していて、高音域も良く延びることはもちろん、透明感がありながら、しっかりと伝わるピアニッシモが美しかった。それに比べると、日本への客演が多い、ステファノ・セッコのマントヴァは、ポンスとシウリーナとのレベルの違いを見せつけられているようで、聞いていて辛かった。まあ、曲が曲だけに受けていましたが、でもブーも飛んでいなかったので、良かったのでしょうか?指揮はダニエル・オーレン 上から覗くと スコアにはたくさんの書き込みがあり、曲も熟知していて、意志もしっかりしているのでしょうが、その指揮ぶりに対するオケの反応は鈍いものでした。まあ、フランスでイタリアオペラにイタリア的な響きを求める事自体が間違いなのでしょう。

Nuit Blanche 白夜祭 その5  Jean-Pierre Formica@警察庁






なんだかんだいいながらサンミッシェルまでたどり着く、後はあきらめメトロで帰ろうとするが、既に終電は行った後、しかたなくシャトレまで歩く途中、警察庁での展示をみた。場所柄、入場のチェックが厳しかったが、すばらしい作品だった。塩の見張り番という作品で、カマルグ近くの塩田で、塩の結晶を生成して、20体の見張り番を作ると言うもの、その作品の展示の他、警察庁の中庭に全面に岩塩が敷かれ、それを踏みしめながら、制作過程のビデオを見るというもの。意味など、どうでもよくきれいでした。

2008/10/07

Nuit Blanche 白夜祭 その4 ルーヴルからセーヌ川


パリでの生命の誕生と死を光の点滅で表現
Stephane Perraud

造幣局の窓と中庭の光のインスタレーション
Henri Foucauld

Nuit Blanche 白夜祭 その3 シャトレ周辺






Nuit Blanche 白夜祭 その2 モンパルナス周辺


Otto Pieneの空気の彫刻


Notre-Dame-Du-Travail の光のインスタレーション Fabric/Ch によるもの

Nuit Blanche 白夜祭 その1 モンパルナスの光の柱





10月5日 土曜日は、白夜祭というイヴェントがあった。これは、パリ市内各所にライトアップや、現代美術のインスタレーション、映画やコンサートなどを夜通し行うというもので、秋の夜長に多くの人々が町に繰り出していた。このイベントは、以前ローマでも同様なものを体験したが、コペンハーゲンなどでもやっているようで、最近の創造都市の文脈でも語られることになるだろう。
こちらに来て、似たようなイヴェントとして、夏至の音楽祭や美術館・博物館の夜間開館等の経験をしたが、それらはせいぜい2時くらいでおしまいなのだが、この白夜祭は朝の7時までやっているというから半端ではない。私は、サル・プレイエルのコンサートが10時に終わってから、町に出た。このこと自体異常なのだが、少し遅めに出たつもりが、そうでもなく、人気の会場は長蛇の列だった。このイベントで一番目についたのは、おそらく日本の前衛芸術家でダムタイプの音楽等を担当している池田亮司のspectramという光の柱だろう。これは、モンパルナスタワーのすぐそばから、天に向かって放射された青い光で、パリ市内どこからでも見ることの出来るような規模の大きな作品だった。何か、天から神が降誕くるような感じでもある。ライトの横に併設された展示会場は長蛇の列なので、あきらめたが、かすかに池田独特のサウンドが聞こえてきた。

2008/10/06

イヴァン・フィッシャー指揮ブタペスト祝祭管「マーラー交響曲第三番」@サル・プレイエル



サル・プレイエルで、イヴァン・フィッシャー指揮ブタペスト祝祭管による、マーラー3番のコンサートに行きました。独唱はBrigit Remmert  この曲は、1楽章の第一部、2~6楽章の第二部で構成され、全部の演奏時間は100分近くかかる長いもの、前日に聞いたトゥーランガリラ交響曲同様、編成も大きく、アルトの独唱、と児童と女性の合唱も含まれます。
イヴァン・フィッシャーとこのオーケストラは最近注目されているのですが、私はドボルザークの8/9番のCDしか聞いたことがありません。そのときの印象はとても良い録音で、独特の濃さをもったものでした。今回のマーラーは、私には大味な感じがしました。指揮ぶりも何か胡散臭く、オケの音色も思ったより洗練されていない。それでも、この曲は最後に盛り上がって終わるので、観客も素直に感動していました。特に、第六楽章は本当に美しい音楽なのですが、全体的にみるとこの曲散漫な感じのする曲なので、この楽章だけ聞きたい時もあります。

チョン・ミョンフンのメシアンとドビュッシー@ラジオフランス




トゥーランガリラ交響曲の翌日、オケのメンバーからチェロ、ヴァイオリン、クラリネット奏者とチョンによる、メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」を中心とするコンサートがあり、ラジオフランスまで聞きに行った。このコンサートは、なんと無料コンサートということで、多くの人が集まっていた。日本のNHK交響楽団も、このようなことをすればいいのにと思った。このコンサートは午後6時から始まったのだが、前半はドビュッシーのヴァイオリンソナタ、チェロソナタを連続で演奏し、休憩の後にメシアンというプログラムだった。

この「世の終わりのための四重奏曲」は、演奏時間が50分ほどかかるため、午後8時から、サルプレイエルでイヴァン・フィッシャー指揮によるマーラー3番のコンサートを聞きに行くため、19時20分ごろの5曲目のチェロとヴァイオリンによる「イエスの永遠性への賛歌」まで聴き、途中で退席して、サル・プレイエルをめざした。この最後に聞けた曲は、私が大好きな曲なので、途中退席は不本意ながらも満足することが出来た。

それにしても、チョンのピアノもすばらしく、本当に才能のある人だと思った。のだめカンタービレの千秋が、指揮者をめざしながらもピアノもプロレヴェルじゃないと行けないということの一つのモデルのようなもの(他には、バレンボイムやらエッシェンバッハ、アシュケナージといった名があがるだろう。ただ、彼らと比べれば、チョンはピアニストとしてのキャリアが短すぎる)

ところで、この「イエスの永遠性への賛歌」は、フランス2が制作したル・コルビュジエのビデオで、ロンシャンのBGMとしても使われている。このビデオは、ストラヴィンスキーの音楽の利用が印象的だが、サヴォワ邸の説明の際には、メシアンのヴェクサシオンが利用されている。

また、今回初めて入った、ラジオ・フランスの建物は、ゴダールの映画「アルファヴィル」のロケ地となったところでもあり、うきうきした気分となった。

チョン・ミョンフン指揮ラジオフランス管 トゥーランガリラ交響曲@サル・プレイエル


これがオンド・マルトノ

必至に修復作業をしているチューブラーベル奏者

チューブラーベル奏者が一番ほっとしているんじゃないか?

今年はメシアン生誕100周年ということで、様々なコンサートがある。そのメシアンに、ゆかり深いチョン・ミョンフンによる大曲トゥーランガリラ交響曲を聴く。 チョン自身は、色々あったバスティーユ管との録音を残しているが、そのCDジャケットはメシアンとチョンのツーショット、メシアン自身チョンの演奏を理想と思っていたらしい。このトゥーランガリラ交響曲は、全部で10の楽章からなり、オンド・マルトノという電子楽器を使用することで知られているのだが、演奏の前に楽器をチェックした。また、大規模な編成のオーケストラが必用であり、オンド・マルトノ以外でもピアノ、グロッケンシュピールやチェレスタ、ヴィヴラフォン、さらにはティンパニー以外の多様な打楽器群が、色彩感あふれる管弦楽を奏でる大作であり、演奏時間は80分程度必用なもの。そのため、あまり演奏の機会が少ないが、オケのすさまじいエネルギーを味わいたいのであれば、その貴重な機会を逃さないようにしたいところ・・・今年のメシアンイヤー日本でもどこかのオケが取り上げたのだろうか?
さて、チョン率いるラジオフランス管は、チョンが全てを掌握していることもあり、すさまじいほどの集中力で、この大曲を演奏していた。ところが、8~9楽章の間で、チューブラーベルが一本落ちてしまい、急遽補修するというトラブルが・・・最後にはガムテープ持ってきて、とりあえずつけて試演したら、会場は大喝采となる。チョンもあきれ顔で見ていたが、その後も集中力がとぎれることなく、最後までオケのエネルギーを吸収しました。ところでトゥーランガリラとは「愛の歌」を意味するサンスクリットなのだが、これはメシアン再婚した妻イヴォンヌ・ロリオへの愛に他ならない。しかし、この曲を聴くと、その愛の官能性を強く意識することになる。

2008/10/04

クイズ7の答え


クイズは、↑ あたりの鉋の削りかすでした。


パリの秋は、ピカソが中心になりそうです。グランパレ、オルセー、ルーヴルでそれぞれ展示があります。

クイズ7は、少し難しかったかもしれません。答えは、ギュスターヴ・カイユボットの「鉋をかける人々」でした。第二回印象派展に出展されたものですが、このホームページの扉も、カイユボットの作品=「パリの通り、雨」にしてみました。

2008/10/03

別のブログを作りました

こちらに来て半年すぎました。もう半年という気持ちと、まだ半年という気持ちが半々です。
さて、パン・オー・レザンが大好きなので、それに特化したブログつくりました。ご笑覧ください。
左下のリンク欄からクリックするとヨーロッパ橋の紳士淑女たちの下に、場違いなぶどうパンが並ぶことでしょう。20時ぐらいからのコンサートやオペラが始まるのですが、その前に食べてしまうと、眠くなってしまう(ワインを飲まずにいられないから)、かといって空腹だとつらい、そこで腹持ちの良いパン・オー・レザンを良く食べるのです。パン・オー・ショコラも嫌いじゃないですが、カスが落ちるのが嫌なので、パン・オー・レザンばっかりになってしまうのです。

フェリシティ・ロット ベルリオーズ、ショーソン、ドビュッシー@オルセー美術館



先週に引き続き、オルセー美術館でフェリシティ・ロットのコンサートを聴く。今回は、ベルリオーズ、ショーソン、ドビュッシー そしてアンコールのフォーレといったフランス歌曲であった。伴奏は、レコーディングも共にしている、グレアム・ジョンソン いわば名コンビというか、息のあった二人の演奏となっていた。プログラムは以下の通り

Hector BerliozLes Nuits d'été op. 7

Ernest Chausson Les Papillons op. 2 n° 3
           Le Colibri op. 2 n° 6
           Chanson perpétuelle, op. posth. 37
           Le Temps des lilas
Claude Debussy Les Ariettes oubliées
アンコールとして、フォーレのグリーンと月の光
前半の「夏の夜」この歌曲集は、ティオフィール・ゴーティエの詩によるもので、まさにロマン派といったものだが、6曲のうち、明るいはじめと終わり以外は、全体として重々しく、そこにロットの人生が反映しているような印象をもった。これは、ヴェロニク・ジャンでは表現できないもので、こういう夏の夜も良いなと思った。
後半のショーソン、そしてドビュッシー、ロットの本領発揮といった感じだったのは、ドビュッシーだった。これはショーソンとドビュッシーの曲の差異に起因するのかもしれない、ドビュッシーはただロマンティックであれば良いワケじゃないので、それだけ表現力が求められるのではと・・それにロットは見事に応えていて、圧巻だった。そして、熱狂的な拍手で、同じヴェルレーヌの詩グリーンをフォーレの別バージョンで歌うというサーヴィス、さらには月の光まで、二週続けてロットの歌唱に触れることが出来て幸福だった。

持続する建築展@パリ市アルセナーレ建築博物館




持続可能とか、サスティナブルといった言葉が、建築や都市、あるいはアートといった言葉と結びつき、それが流行のようになって久しい。フランス語でサスティナブルは、デュラブルdurableとなるのですが、これはベルクソン哲学のキーワード持続を連想させます。さて、そういった視点でフランスの建築家たちが、自分たちの欲望を、サスティナブルという商業タームを駆使してプレゼンしているものであり、建築屋のショールームのごとくでした。そのなかで、ジャン・ヌーヴェルの新しいフィルハーモニーの写真を載せることに、場所はラヴィレット公園のポルツァンパルク設計の音楽都市のすぐそば、サスティナブルなど、どうでもいいから、ちゃんとした音響設計をしてください。

私の心臓の音 ボルタンスキー




ボルタンスキーの「心臓のアーカイブ」、自宅に帰って並ぶのを嫌い心臓音を録音してこなかったことを後悔する。そこで、二日続けてメゾン・ルージュへ、しっかり心臓音を録音し、CDにも焼いてもらった。ところが、私の心臓音 おかしいのです。途中で間があって 展覧会場のそれのように、リズミカルじゃない。こちらに来る前に、脳ドックも含めて人間ドックでチェックしてきたのですが、少し心配になりました。


ちなみに、このアーカイブ化された心臓の音は、2年後、日本のejimaというところに収められるとのことなのですが、このejimaってどこか?普通考えたら、江島となるのでしょうが、ベネッセの直島近くらしい。地図をみると、江島はなく、家島ならあるが、写真の様な形をしていないので混乱しています。


2008/10/02

アンドレアス・セラーノ「くそ展」イヴォン・ランベール画廊



イヴォン・ランベール画廊で開催中の話題の展覧会、アンドレアス・セラーノの「くそ展」を見る。これは動物のでしょうねえ、でも造形的に今ひとつのように感じます。トイレット博士のような、とぐろの概念がここにありません。あの身体の内部の痕跡を意識させる造形美にくらべたら、まだまだです。

ジャック・ヴィルグレ展@ポンピドゥーセンター


パリでは秋の展覧会シーズンが始まりました。まだ、マンテーニャもノルデも行っておりませんが、最初にジャック・ヴィルグレ展を見に、ポンピドゥーセンターへ久しぶりに行きました。この展示9月17日に始まっているので、少し出遅れ感ではありますが・・

ジャック・ヴィルグレはアルマンやイヴ・クラインらと共にヌーヴォー・レアリスムの作家です。町のポスターをはがしては、それらをコラージュし直していくのですが、純粋に色彩と形態の美しさだけでなく、時に政治的であり、風刺的でもあります。

Christian Boltanski / Marie Cool&Fabio Balducci@Maison Rouge



バスティーユ側のメゾン・ルージュで開催中の二つの展覧会を見に行く。いつも通り、ポンピドゥーの会員証を見せて割り引き料金にしてもらおうとしたが、なにやらシステムが変わり、一回ごとでなく会員証を作ってくれとのこと、帰国までにあと3回ぐらいは展示が変わるだろうから、12ユーロで会員証を作った。(ちなみに入場料は一回6ユーロ50 割引で4ユーロ50)
入場して、最初にボルタンスキーの「心臓のアーカイブ」、例によって暗い空間に入り込み、心臓の音に合わせライトが点滅し、壁には無数の鏡、さらに奥にはプロジェクターで自身の顔が投影されている。越後妻有の「最後の教室」が思い出される。別室では、自分の心臓音を記録するというもの、2年後に日本での展示の素材となる。
次の展示は、ビデオ作品とパフォーマンスによるもので、Marie Cool とFabio Balducciによる作品。作品は、極めてシンプル パフォーマーのMarie Coolが展示室に座っている。展示室には三つの机がおかれ、天井から糸が床に蜘蛛の巣のように張られている角、展示室奥には糸が水平に張られている、天井から糸でつるされた白い紙で出来た玉、や筒などetcそのような空間を、パフォーマーは移動して、ミニマルな動作を繰り返す。例えば、椅子に座り 机の上で、白い紙あるいは糸を置きそれを移動させることで、ある空間を作ったり、蜘蛛の巣の糸の背後に座り、数本の糸を束ねたり、あるいは部屋の中心に移動し、合わさった二枚の紙を水をつけた両手で挟み、それをゆっくりと離していくetc
一連の動作は、音もなくミニマルで静謐な感じ、あるいは何か瞑想的な感じ、そしてその動作によって、空間の中に、シンプルな造形が形成され、それが消滅することが繰り返される
ボルタンスキーの方がメジャーでしょうが、こちらのパフォーマンスの方が、断然美しく面白かった。
ビデオ作品は、白い紙が影から光の場所へと移動させると、その紙自体の形が光のなかで消滅するものが美しかった。 こちらに来て、メゾンルージュは3回目だが、この作品が一番だと思った。

Inside Japan@La 5eme galerie




パリの画廊街の一つ、Miromesnilにある画廊で、日本のネオポップという副題と共に展示されていた。作家は4名、Hiro Ando, Kato Kato, Lady Kawai, Jimmy Yoshimura 不勉強ながら、この4名は全く知らないので、ネット検索すると4名ともOpera Galleryという、ロンドン、パリ、ヴェネチア、ニューヨーク、マイアミ、シンガポール、ソウル、香港にブランチを持つ大きな画廊で取り扱われていることを知った。その画廊のアジアアートセクションには、村上も含まれているのだが、セカンダリーマーケット中心なのだろうか?日本のネオポップの展覧会と題されているが、そこには椹木野衣が論じる「暗さ」「悪い場所」の意識はなく、グラフィックデザイナーによる表層的な商品としか見えてこない。しかも、これらはグラフティーに、マンガの表現を流用していったAero Sushiとも異なっている。さらには、パリだとエマニュエル・ペロタンで展示をする高野綾やMr、そして村上隆の美術的表現とも異なっている。ここで美術的というのは、作品の完成度のことをいいたいのであり、現代のフジヤマゲイシャ的表象を導入するだけでは、デザインでしかないといいたくなる。このデザイン、あるいはグラフティー、そして大文字のアートという枠組み自体が崩壊しているのではないかという問題もあるが、それを意識しているか否かという問題そのものの意識の低さを感じてしまい、辛くなった。